ローカル(個別性)を熟知し、ユニバーサル(普遍性)を共有する。

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下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)

◆ 花王株式会社の企業理念である「花王ウェイ」の取り組みについて、株式会社ジェックが発行する 「Kodojin」 2013秋号 に掲載された記事を、一部表記を変更して転載します。

■ 花王ウェイとは 《問いかけ》 である

花王ウェイは、1897年の創業以来、歴代の経営者と社員が大切にしてきた変わることのない価値観を明文化したものです。2005年、花王ではアジア事業の強化が打ち出され、その施策の一つとして、海外関連会社における花王ウェイの共有が掲げられました。花王ウェイの活動は、これをきっかけに一気に具体化しました。その柱になったのが、職場単位で花王ウェイに基づく議論をして、自分の仕事とウェイとの関連付けを理解するワークショップです。

花王ウェイとは 《立ち返ってほしい場所》 と考えています。ポイントは、マニュアルでもルールでもなく、もちろん答えでもない。むしろ、非常に筋の良い 《問いかけ》 であるということです。たとえば、使命に 《豊かな生活文化の実現》 とあるのですが、「それでは自分たちがめざす豊かな生活はどのようなものだろう?」 といった問いかけに置き換えることで、豊かな議論を立ち上げることができます。

海外でのワークショップのキックオフのときには、私も各国を一巡しましたが、花王ウェイの受け入れ性は、とても高かったと思います。花王は1964年から海外でのオペレーションを始めています。仕事の基本的な考え方は、その時々の日本人駐在員から、その人なりの言葉で、もしかしたら断片的に、語られてきました。このたび花王ウェイをあらためて共有することで、「今まで言われていたことはこういうことだったのか」、「背景にはこういうビッグピクチャーがあると理解できた」 といった声を多く聞くことができました。こうした取り組みによって、ウェイがグループの共通言語として機能するようになったという実感があります。

■ 《活用》 に落とし込み職場の中で伝承していく

首都大学東京の高尾義明さんは、理念浸透が 《理解・共感・行動》 の三次元で構成されていると分析されています。ここで 《行動》 とは 「難問に直面したとき、経営理念にまで戻って考えるようにしている」 といった行動を指します。弊社では、《行動》 というと花王ウェイに書かれたことを 《実践》 するという意味に取る社員が多かったため、《活用》 と置き換えて、このモデルを使っています。そこで現状では 《理解・共感》 まではそこそこ進みましたが、《活用》 の次元でまだまだ開発の余地があると感じています。たとえば、行動原則に 《消費者起点》 とありますが、判断 (ディシジョン・メイキング) の場面でここに立ち返って、「いま消費者起点からすると、どうするべきか」 と、一息ついて考えることが活用にあたります。ところが、まだどこか 「理念は理念、仕事は仕事」 というとらえ方が残っている感じがします。こうした状態を脱却して、《活用》 を習慣にしてもらいたいと思います。これは自転車の乗り方にも似ていて、何回か繰り返して一回筋道が通ると、あとは苦もなくそれを実行できるようになるのではないかと考えています。「困ったときに花王ウェイは使える」 ということに、一人でも多くの人に気づいてもらいたいのです。

ターゲットとしては、職場のリーダーを意識しています。これもいろいろな職場での議論を聞いて実感したことですが、経営層やえらい人ももちろん大事、しかし日々の仕事では圧倒的に職場のリーダーの影響力が大きい。この層に花王ウェイを活用してもらうことが、最も効率良く事業貢献に結び付くと考えるようになりました。実際に、ワークショップを実施した職場のリーダーから 「非常に有意義な研修で、前に向かう議論ができました」、「大袈裟でなく、これをきっかけに職場が変わるかもしれないという気がしています」 といった心のこもったメールをいただくことがあります。私自身の励みになることはもちろんですが、そういうリーダーに育てられたメンバーが、いずれリーダーなれば職場の中で理念の活用が伝承されるようになります。そのような状態をつくることが、当面の目標といえそうです。

■ ローカルニーズとシーズの融合が花王のグローバリゼーション

理念を語るときには、各社の個性が強調されることが多いと思いますが、それに劣らず重要なのは、どの会社の理念も基本的なコンセプトは非常に普遍的なものであるということです。個別性と普遍性は、同じ地平に立っているものだと思うのです。株式会社ジェックのみなさんの言葉でいえば 《共通善》 に当たるでしょうか。そうした普遍性に立脚しているからこそ、理念は、国や文化が違っても共有できる。逆にいえば、普遍的なところからアプローチをしていけば、グローバルに十分に活用していけるということです。

グローバリゼーションについて言えば、それはビジネスの形態によってかなり異なるものではないでしょうか。花王の例では、原料や中間材をユーザー企業に提供するケミカル事業ではマーケット自体がすでにグローバ化しているものが多い。反対に、洗剤や化粧品といったコンシューマープロダクツ事業のマーケットは非常にローカルです。花王ウェイの行動原則の 《グローバル視点》 に、最初に 《ローカルニーズの熟知》、《ローカルマーケットに対応した仕事》 と書かれているのは、このような事情に拠ります。つまり花王では、ローカルに深く根ざすことがグローバルになることなのです。

また、基本となる価値観の 《よきモノづくり》 の冒頭には 《ニーズとシーズの融合》 とあります。ユニバーサルとスペシフィックという言葉を使えば、ニーズとは本来スペシフィック、つまり個別的なものであり、逆にシーズとは科学的な知見や技術であって、そこから生まれた商品を大量生産で提供するという花王の仕組みはユニバーサル、つまり普遍性をベースにしたものなのです。こう考えると、花王の仕事の本質は、個別性と普遍性のコントロールにあると気づきます。この文脈に従えば、ローカルニーズとシーズの融合であるグローバリゼーションは、本来花王が得意とするものではないかと思います。

ここでも大切なのは 《問いかけ》 だと思います。「私たちは何のために、そのマーケットに進出するのか?」「私たちのカスタマーはどこにいるのか、誰のどのような幸せを願うのか?」 そうした問いかけのなかから生まれてくる高い志がビジネスの成果に結びつくと信じて、花王ウェイの活動を推進しています。