『実践 ダイバーシティマネジメント』 リクルート

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社内コミュニケーション・企業理念・企業文化に関わる書籍を紹介しています。今回取り上げるのは『実践 ダイバーシティマネジメント 何をめざし、何をすべきか』 リクルート HCソリューショングループです。

 もう数カ月前のことになりますが、慶應大学商学部准教授の山本勲さんの 「 ワークライフバランス実現に向けて㊤ 節電経済の追い風生かせ 」 という画期的な記事が日経新聞に掲載されました( 『経済教室』 2011年8月11日 )。それは■ワークライフバランスの推進組織の設置、■長時間労働の是正、■非正社員から正社員への転換制度などの施策の導入が、中長期 (5~6年) にわたっては生産性の上昇をもたらすケースが多いことが確認できた、というものでした。ワークライフバランスの実現に資する施策は単なるコストではなく、投資という側面があるので、経営戦略の一つとして積極的に活用すべきだと結論づけています (次のサイトで論文とサマリーを読むことができますhttp://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/11030033.html)。

 ここで注目したいのは “コスト” と “投資” という言葉です。今回のダイバーシティに限らず、これまでここでも取り上げてきた “CSR” や “企業理念” といったコーポレートの活動を、単なるコストではなく将来に向けての投資と捉え、その効果 (アウトカム) で評価しようとする見方が、ここにきて急激に広がってきたように思われるからです。いってみれば “コストから投資へ” という視点の変化です。

 さて本書ですが、ダイバーシティの必要性や重要性については、いろいろなところで言われていると思いますので、ここでは省きます。本書のメッセージのトップにくるのは、ダイバーシティに取り組む 「自社の目的を言語化せよ」 というものです。ただし重要なのは、「自社の事業課題を解決するために、ダイバーシティをどのように活かすか」 を考え、実行することであり、ダイバーシティ自体が目的にはなりえないということです。あくまでも事業課題を解決するための手段なのです。

 それではどのように目的を考えたらよいのか。いま企業に取り組みを促している背景として、大きく四つの環境変化を挙げています。

(環境変化)

■     労働力の減少と活かされていない力の存在 ―― 日本国内の人口減少と、女性などの力が十分に活かされていないということ

■     働くことに関する価値観の変化 ―― 世代間の価値観の違いなど ―― ここのページに挙げられている世代間のグラフはけっこうインパクトがあります

■     消費の質的変化 ―― 多様な消費意欲に応える多様性を組織内に備える必要性

■     グローバル化 ―― 世界中のさまざまな価値観・考え方を持つ人材を受け入れ、活かすマネジメントが必要になる

ここから、ダイバーシティに親和性の高い事業課題として次の二つを挙げています。

(事業課題)

■     A&R=人材を組織に惹きつけ(アトラクション)、維持し、活かす(リテンション)こと

■     イノベーション ―― いま自社にはどのようなイノベーションが必要で、そのためにはどのような人材が必要か ―― 例えば戦略の意思決定に登用する女性や外国人

 以上のような一般的な枠組みを参考にしながら、自社独自の目的を設定するのですが、これはすでに人事施策の一カテゴリーを超えて、経営戦略の領域に足を踏み入れていることは明らかでしょう。そこまで踏み込まなければダイバーシティを全社的なものにすることはできません。同時に活動には、PDCAを継続して回すという戦略遂行のシビアさも求められてくるのです。

 目的を明らかにしたところで、具体的な施策の立案に入るわけですが、本書ではそこで 「フェア」 と 「ケア」 という二つの視点を軸とするフレームワークを提唱しています。

  フェアとは、配置や仕事のアサイン (振り分け)、登用などを公正に行うこと。

 ケアとは、多様な働き方を支援する制度などの充実と運用で、ワークライフバランスなど従来のダイバーシティはどちらかというとこちらのイメージでしょう。

 これはシンプルで、どうということのないフレームワークですが、例えば 「フェア」 についての次のような行き届いた記述をしています。ここら辺の味わいは、リクルートという組織に蓄積された知見の厚みでしょうか。

 《 フェアであることは、個人に対する動機づけ要因 ( 充実することでモチベーションが上がる要因 ) となる。機会提供や処遇がフェアに行われることは、従業員が 「 将来への期待や展望 」 を持ち、「 成長実現や仕事の手応え 」 を感じることにつながる。(中略) また、組織がフェアな状態であるかどうかは、マジョリティの側にいる者からはしばしば見えにくい。またマイノリティの人々もそれを仕方のないことと受け止め多数に合わせようとする場合がある。自社の状況を広く眺め、意識的にフェアな環境をつくらなければならない 》

 これ以降、フェアとケアの施策の実際。そして同時に進めるべき 「キャリア開発」 の施策について、そして 「人事・業務慣行の見直し」 について触れていきます。また、先進企業の事例が紹介されています。最後に組織変革の四つのフェーズという、これもシンプルなフレームワークが紹介されますが、これはダイバーシティに関わらず、組織に変革を仕掛けるときに応用できそうな実用性の高いものではないかと思います。

 全体に平易で、知情意のバランスの取れた優れたビジネス書という感想を持ちました。

【今回紹介した本】

リクルート HCソリューショングループ 『実践 ダイバーシティマネジメント 何をめざし、何をすべきか』 英知出版, 2008

下平博文
IABCジャパン 理事
(花王株式会社)